随想
2015年10月22日
長い道のりだったTPP
私が通産大臣していた当時(平成10年前後)畠山氏が私を訪ねてこられた。畠山氏は通産省出身だが、通商交渉では実績のある方だった。彼曰く「これからの時代WTOも大事だけれども、二国間交渉で通商問題を結着する時代が来たのではないか。自分はメキシコのブランコ貿易大臣をよく知っているが、彼は日本とFTAを結んだらどうだろうと言っている。大臣から役所によく検討してくれるよう指示していただけないか。」
私は畠山氏とは親しかったので検討を約束したが、役所の中は冷たかった。また外交を担う外務省の幹部はボロクソに言う。
要するに通商問題はWTO等の国際機関で「マルチ」で行うべきであって、二国間等というのは日本の方針に反していると言うのだ。
それでも私は真剣な検討を命じた。
TPPやその他FTA・EPAを口火を切ったのは畠山氏の行動である。それが原点である。
そこから日本の方針が変わる第一歩がスタートしたのである。
畠山氏の努力はそこで止まらなかった。
私が落選した直後、有力な財界人を集めて『自由貿易協議会』というものを立ち上げ、15年間近く自由貿易体制の中でWTOの交渉は益々難しくなってきた現状を勉強した。
ヨーロッパはEU、北米ではNAFTA夫々地域の機構作りが進む。
日本もやっと気がついて各国、各地域との交渉を進めてきた。
その事について最初の口火を切った畠山氏の功績は極めて大きい。
歴史の曲がり角を見事に捉えた、畠山氏の事は、しかと憶えておいていただきたい。
そして今TPPとして結実した。